#50 臨時列車に乗って帰ろう

やはり失敗だったと思った。大阪環状線外回り臨時列車は私の降りる鶴橋を通り過ぎ、天王寺方面へと走り続けていた。失敗だったというのは各駅停車のはずである環状線のドアが大阪を出てからの7駅で一度も開かなかったということではない。重要なのは進行方向とは逆向きの座席に並んで座った目の前の老夫婦がどんどんと若返っていくことと、それと恐らくは同じ速度で老いていく私の体で、一体どれほどの年月がこの何分かで過ぎ去ってしまったのか、眼前にはらはらと舞い落ちる白髪を見つめる私にはもう既に立つ力さえ無いように思え、口を開こうにも先からどうにもぐらぐらと歯が不安定な具合で、開いた途端にぼたぼたと口からこぼれ落ちてしまいそうな漠然とした恐怖感からそれも出来ずにいる。やはり臨時列車などに乗るべきではなかったのだ。

「もしかしてあなた、乗る列車、お間違えですか」
いや元お婆さんのお姉さん、お間違えどころか私はこんな列車など知らないのだし、ただ望むのはこの体を元通りにして頂いた後、列車が鶴橋に停車してそこのドアがプシューッと甲高い音と共に開くという至極当たり前のことだけなのですよと、いつもならそう答えるところなのだが、既に老いすぎた私の口からは「ふぇ」と何とも情けない排気音が漏れるばかりである。

「もう暫くの辛抱ですよ。天王寺を過ぎて内回りになれば段々と元に戻りますから」
なるほどそういうことでしたか。JRもなかなか粋なことを考えるもので。しかしですね、見てくださいよ元お婆さんのお姉さん、この小指、枯れきってぽきりと折れてしまって、こんなでも元に戻るものですかね。いや戻れば問題は無いのですが、もう私息を吸うのも億劫な有り様でして、天王寺はまだですかどこですかあとどれ程で着きますんでしょうか。

「ふぇ」





#49 不審者さん

家に帰ってリビングに行くとお母さんが知らないおじさんと向かい合って座ってた。
「ただいま」
「おかえり」
お母さんが振り向くとそのおじさんもつられて私を見た。
「お母さん、この人は?」
「こちら不審者さん」
「あの有名な?」
「あんた会いたがってたでしょ?」

おじさんはお母さんが目を離した隙に、どこからか計算機を出してとりあえず計算してた。

かたかたかた かたかたかた

すごい不審っぷりだ。目をあらぬ方向に向けることも忘れていない。

「お母さん…」
「すごいっしょ」
「すごい」
「三丁目でワニのマネしてたから連れてきたの」

私はおじさんを凝視してみた。
おじさんは焦って【√】を何度も押しながら立ち上がった。
それから冷蔵庫の扉を開けては計算、開けては計算を繰り返した。

「お母さん…」
「もう一息よ」
「うん」
「落としなさい」
「がんばる」

じー

かたかたかた かちゃっ かたかたかた

ばたん

かたかたかたかたかた





#48 クリスマスが憂鬱な理由は恋人が居ないこと以外にも存在する 例えば…

迎賓館裏口主催 クリスマス雑文祭2004に参加
(不要な改行は気にしたら負けです)





#47 雪だるま

日曜、学校が休みだったから寝てた。そしたら昼頃にお母さんに叩き起された。
「ナミ!早く起きて!洗濯物取り込まなきゃ!」
そう言って私が目を覚ましたのを確認すると、お母さんはバタバタとベランダに走っていった。
お母さんの後で私がベランダに行くと、外はめっさ雪が降ってた。風が強くて家の中まで雪が吹き込んでくる。
お母さんは「なんなのよもう…」と、ぼやきながら洗濯物を取り込んだ。私は眠かったから適当に手伝った。

そして今日、ごはんを食べながらテレビを見てたら、雪を降らせた犯人が捕まったというニュースが流れた。16らしい。目立ちたかった、反省しているという字幕が出た。
私はお母さんに「なんで今は雪降らせたら捕まるの?」ときいた。
「学校で言われなかった?」
「三年だよ雪は」
「あらそう」
お母さんはちょっと黙ってごはんを食べてた。それからぼそっと「洗濯物」と言った。なるほど。
「昔は大変だったんだから」
「ふうん」
「北の地方なんか特に」
「青森とか?」
「あんた早く青森以外にも県名覚えた方がいいわよ」
「地理苦手なんだもん。いいよ。どうせ県名覚えたって行かないんだし」
私がそう言うとお母さんはそれっきり黙ってしまった。多分絶句というやつだ。

それから暫くテレビを見てたら、雪を降らせることが犯罪じゃなくなる前の昔の映像が流れてきた。二十年くらい前のシーンで、子供が雪を転がして何か作ってた。
「あれ何作ってるの?」
「雪だるま」
雪だるま…と私は頭の中でゆっくり繰り返した。そしたらなんだかほんわかしてきたから試しに「私も雪降らせて雪だるま作りたいなぁ」と言ってみた。

めっさ怒られた。





#46 世界からはすでに「電」と「明」と「暗」と「自」と「夢」と「金」と「寒」と「男」と「女」と「親」が消えている

筆先三寸主催 一人ぼっちの雑文祭参加テキスト

一人ぼっちの冬
(推敲してません。作りも雑です。時間が無かったのが悪い。と言い訳)





#45

一人ぼっちの雑文祭なるものを発見し、他の雑文祭では中々お目にかかれないようなキツい縛りと発表後誰しもが感じるであろう孤独感に今からハァハァな訳でありますが、僕は己の遅筆を呪いつつ今日も何やらごそごそちまちまと糞テキストで御座います。遅筆だけにノロイとはいよいよ呆れ果てたもので、秋ですね。まあ何が言いたいかといえば次回更新まで少し間が空きますということだけでして、秋真っ盛りな今日この頃。





#44 Good Day

人が死んでいると思った。目が覚めると未だ明かりの点けられていない部屋はまるで水で薄められた墨が天井からしたたり落ちているかのような按排であって、どこかで季節はずれの蚊だか蠅だかが不気味な羽音を垂れ流しながら飛んでいる。不用意に息を吸うと異様な臭いが鼻腔の粘膜を削り取りながら嗅覚器に到達し、暴れ始める。はて何時か買ってそのままにしておいた玉葱でも腐ったのだろうかと楽観的に考えるも、これはいやいや玉葱の臭いではない。やはり人が死んでいるのだと、そのように悪い方へと考えが向かってしまうと次には悪いことしか起こり得ないというのは世の常ともいうべきものであって、左斜め前方の風呂場からぴちゃりぴちゃりという水音が仄かに聞こえてくるとそれも水道の蛇口を締め切れていないときに聞こえるあの音とはどうしても異な響きに聞こえてしまってどうしようもない。兎に角明かりは点けぬままにしておき、何時も近くに置いてある財布を取り出して大体の金を勘定し、昨夜脱ぎ捨てたままの上着を掴んで表に出ることにした。十一月の朝といえば素晴らしく晴れ渡った秋晴れに犬やら猫やらが休日でもないのにのんびりと路上や塀の上を散歩しているといった風景が世の常ともいうべきものであって、





#43 ノスタルジック・カルボナーラ

その夕空が中学生の頃、学校からの帰り道を一人歩きながらふと空を見上げた瞬間、世界の終わりだとかそんな種類の漠然とした不安を感じたことを思い出させるような、何とも言えない不自然な色に染まっていたのは、そこが何年ぶりかで立ち寄った実家の近くで、たった今乗り込んだ車の運転席に座っているのが中学時代の同級生だったウエムラさんであるということと強ち無関係ではないのかもしれないなどと、そんなことを思いながら僕はちらりと彼女の横顔を窺った。
「よく分かったな。十年ぶりなのに」
「改札出たとこのベンチでぼーっとして、何してたの?」
「かわいい子のスカートめくるチャンスを狙ってた」
「だから分かったの」
振り向くとウエムラさんは笑っていなかった。僕は口をへの字に曲げて我ながら憎たらしいと思っている顔を密かにして見せた。彼女はそれには気付かなかったのか気付いていて無視しているのか、何も反応することなくじっと前を見据えながらハンドルを握っていた。
夕空はたった数分の間にその色をほとんど失っていて、車はゆっくりと一車線しかない細い道を北へ走っていた。何となく周りを眺めていると少し葉が落ちて寂しくなった銀杏がさわさわと揺れていて、宙に向かって自らの葉を探し求める巨大な手に見えた。秋なのだ。
「クスノキだったらいいのに」
自分でもよく分からないうちにそんな言葉を口にしていた。ウエムラさんは相変わらずハンドルを握ったまま前だけを見ている。
「中学の頃住んでた家の前には沢山クスノキがあった」
「ノスタルジー?」
「かもね」
「知ってる?ノスタルジーって心に隙間があるから感じるんだって」
「例えば?」
「うまくいかないとき、疲れてるとき」
「確かにうまくいってないし疲れてる」
「仕事?」
「いつも怒鳴られたりしてるとそのうち色んなことがうまくいかなくなってくる」
「それは忘れるのが下手だからよ」
ふと気が付くといつからか景色は流れるのを止め、ウエムラさんの顔は僕に向けられていた。所々に突き出た街灯が明々と灯っていて、フロントが粉々に砕けた車が一台、対向車線の路肩に放置されているのが見えた。他には目の前に寂しいT字路があるばかりで、舞台は全く僕の知らない場所にすり替わっていた。
「忘れるためのおまじない、教えたげる」
彼女はそう言うと自分の手を僕の目の前に持ってきてパチンと音を鳴らした。僕の頭の奥の方でも何かが弾ける音がしたような気がした。何かが消えてしまったのかもしれないが、そんな予感がするだけで具体的なことは何も把握できない。
「どう?」
「さあ、よく分からない」
「それでいいのよ。おまじないなんだから」
「そういうもんなのか」
「そうよ」
ウエムラさんはそれだけ言うとまたエンジンをかけ直し、車を走らせ始めた。僕はシートに深く座り直し、また景色を眺めた。街灯が規則正しく並んでいる歩道を見つめていると、相変わらずひどく寂しい街並みの中、遠くの方にぽつんと黄色い明かりが見えた。
「あそこよ」
「何が?」
「スパゲティがおいしいお店」
言ってからウエムラさんは短い溜息をついた。
「もしかして忘れちゃった?」
「ああ、さっき何か消えたと思ったら」
「人のせいにしないでよね」
「でもそこで何食べるかははっきり覚えてる」
「何?」
「カルボナーラ」
「バカ」
それだけの会話を済ませると彼女はまた運転に集中し、ゆっくりゆっくり明かりのある方へと進んでいった。店らしき建物のあたりをよく見ると二台分しかない駐車スペースは既に占領されていて、もうあとは枯れ始めた銀杏の木が並ぶ路肩に停めるしかなさそうだった。ここでも彼らは大きな手を揺らし、寒さを憂いているように見えた。僕は彼女がハザードを出したことを確認するとコートを羽織り、右手をポケットに突っ込んだ。





#42 ヌーボー

彼氏がヌーボーを買ってきた。
彼は横にいる水道局っぽいおじさんを得意そうに親指で指さし、
「予約しててよかった」と言った。
「それがヌーボー?」
私が尋ねると彼は頷いた。「大事にしてくれ」

私はとりあえずヌーボーをベランダに置いてみた。
ヌーボーはか細い声で『カイキン』と言いながら嬉しそうに両腕を広げた。
一瞬観葉植物みたいに見えた。





#41 近況報告

o‐トルイジンの160×40×(365×8-2)rが引き起こす発ガンの可能性と一日240×40+α秒の倦怠感を秤にかけ、今も喉があからさまに拒否するのも構わず煙草の煙を吐き出し続けている。部屋には既に行き場を無くした煙が層を成していて、そこ目がけて白く濁った息を吹き付けてやると、煙と同時に小さな魚がピチピチと勢いよく跳ねながら、煙の向こうに見える既に黄色く変色した壁に向かって泳いでゆき、タイミングを見計らって横へとジャンプする。頭の遙か上で、当然のことながらそこには煙草の煙の層がある。魚はそこへ入り込むとやっと落ち着いた様子で、フラメンコの映像を1/4の早さで回したような腰つきでゆっくりゆっくりと窓の方へと泳いでいく。そんな光景を惚けた目で眺めていると改めて煙草の量が以前より増したことに気付かされるのだが、数ヶ月前と変わったことといえばあとは壁の色がさらに黄色くなったことと、否、それくらいのもので。









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