#040403

家に帰る道を歩いていると道いっぱいに大きな扉があった。上の方に「手術中」って書いてる赤いランプがある。ランプはまだ点いてない。
この道を通らないと家に帰れないのに。迷惑だなーと思ってしばらくぼーっと見ていると後ろからガラガラと音がした。見ると病院のベッドに点滴を付けられたお母さんが寝てた。
「え」
「はい、どいてどいて」
「オペですか」
「緊急」

医者っぽい手術衣を着た人が私を押しのけようとしたとき、ベッドに寝ていたお母さんがうめき声をあげた。
「お母さん?」
「ああ…ユキ子…」
「…」
「お母さん…がんばるから…応援してね…」
「うん…」

そのままお母さんを乗せたベッドはガラガラと扉の中に入っていった。手術中のランプが赤く光った。
私は晩ご飯どうしようと思いながらドン・キホーテに向かって歩いた。





#040401

「この近くに時計屋さんはありませんか」と初老の男が再び尋ねてきたので私は再び「知りません」と短く答える。私は本当に時計屋なんて知らないばかりか腕時計をはめる習慣さえ無いのであって、晴天の昼休みに春のやわらかな風に吹かれながらゆったりとまどろむ時を時計が壊れた初老の男に邪魔される筋合いは無い。そんなだから私はただただ短く的確に答えたのだが、男は私の言葉が聞こえなかったかのようにすっと腕をまくり、「私の時計が壊れちゃったみたいでねえ」と腕時計を私の目の前に差し出すのである。その時計、外見は何の変哲もない時計なのだが秒針の動きだけが奇妙で、正確に3秒進んだ後、次の1秒で3秒戻り、そしてまた正確に5秒刻んだ後、次の1秒で4秒戻るのである。3秒進んで3秒戻り、5秒進んで4秒戻る。3秒進んで3秒戻り、5秒進んで4秒戻る…
私が時計のリズムのことを考えているといつの間にか男は腕を戻していて、そしてまた「ありませんか」と尋ねてくる。私は時計屋なんて知らないばかりか腕時計をはめる習慣さえ無いのであって、「知りません」と短く答える。時計の壊れた初老の男だろうが小泉だろうがブッシュだろうが、晴天の昼休みにゆったりとまどろむ私の時間を邪魔する権利など無いのだ。しかし男は私の言葉が聞こえなかったかのように腕をまくり、「私の時計が壊れちゃったみたいでねえ」と腕時計を私の目の前に差し出すのである。3秒進んで3秒戻り、5秒進んで4秒戻る。3秒進んで3秒戻り、5秒進んで4秒戻る。3秒進んで3秒戻り……
そして気が付くと初老の男はいつの間にか腕を戻し、私の答えを待っている。私の時間を邪魔する権利など誰にもありはしないのだが、まあいいかと私は思い、「知りません」とまた短く答える。まあいいか。確実に1秒ずつ時は進んでいるのだ。





#040331

お父様、お父様、私怪しい者ではございません。確かに私は蛙でございます。どこにでもいる平々凡々とした雨蛙でございます。ただ私共、いつもいつも学生に解剖されているばかりではございません。日々様々なことを想い、厳しい生存競争の中生きているわけでございます。人間と同じでございます。ああお父様、どうか扉をお閉めにならないでください。どうか私の話をお聞きください。確かに私蛙でございますが、いつもいつもハエや蝶を狙ってばかりいるわけではございません。それではただの食っちゃ寝ではございませんか。お父様、私共そんなに卑しい生き物ではございません。たまには恋もいたします。恋でございます。お父様、蛙が人間に恋をする。それはそんなに悪いことなのでしょうか。ええ。ええ。分かっております。蛙と人間では結婚することもできませんし子供を産むこともできません。しかしですお父様。そのことが蛙が人間に恋をしてはいけない理由となりましょうか?
お父様、私恋をしてしまったのでございます。笑っていただいて結構でございます。お笑いになってくださいまし。所詮叶わぬ恋、笑われるのも至極当然のことでございます。しかし私、ここまで来てしまったからにはお嬢様にお会いしてこの胸の内、すっかり吐露してしまうときまで帰ることは出来ないのでございます。お父様、あなたも男ならお分かりになるでしょう。この熱き胸に秘めた想い、直に打ち明けられぬ苦しみ、それに耐えられず私、ここまで二駅の道のり歩いてきたのでございます。ああお父様、どうかどうかお嬢様に一目お目通りを…

あ、お父様、そこにハエが…ええ飛んでおります。ほら、お父様の後ろ…ああ…ハエ…ハエ…ハエ…
ハエェ〜〜〜〜〜〜!

バタン

お父様?お父様ぁあああ!





#040329

体育館に入るとみんなが掃除してた。何だろうと思って引き続きブルマ姿の前田さんにきいてみた。
「おはようございます」
「おす」
「何かあったんですか?」
「また吉田だよ」
そう言って前田さんは大きなポリバケツを指さした。中には同学年の吉田君と思われる肉片がバラバラになって詰められてた。
吉田君はちょっと前から情緒不安定ですぐ自爆テロを起こす。
「またですか」
「いい加減やめるように言ってやってくれよ」
「いや、巻き添えは嫌です」
私がそう言うと前田さんはモップを手渡してグラウンドへ出て行った。
今日の吉田君はかなり調子が良かったらしく、体育館の床はまだすごい量の血と肉片で汚れていた。





#040326

いつもと同じ時間、いつもの弁当屋には長い髪を後ろで一つに束ねたいつもの愛想の良い若奥様が佇んでいて、僕はいつものようにそこで弁当を買い、いつものように千円札を手渡すと、若奥様はいつものように470円をその暖かい手でそっと包みこむようにして僕の掌に手渡してくれるのです。僕がいつものようにお釣りを受け取りながら若奥様の顔をちらりと見ると、いつものようにその目は「今日7時にいつもの場所で」と語りかけているように見えたので、僕はいつものように7時きっかりにいつもの場所と決めている小さな喫茶店で、メッツの松井は今年何割打てるだろうかなどといつものように何でもないことを考えながら2杯のコーヒーと共に1時間ほどの時間を過ごすのですが、まあいつものように僕に歩み寄ってくる人影は見あたらず、あれはもしかすると明日の7時だったかな、それとも今日の夜中の1時だったかしらといつものように薄れかけた若奥様のメッセージと後ろで一つに束ねられた長い髪を思い出し、それからいつもの道をいつもと同じ無表情で歩いて家に帰りました。そんないつもの風景。





#040324

バスケ部の練習で学校に行った。体育館に入ると一年先輩の男子の前田さんが一人で練習を始めてた。
「おはようございます」
「おす」
前田さんはいつも男らしい。けど今日はなぜかブルマはいてた。
前田さんは答えてからまた一人で練習を始めた。私は思いきってきいてみた。
「前田さん」
「何?」
「なんでブルマはいてるんですか」

前田さんはなかなか答えない。ボールが床につくダムッ ダムッ ダムッという音だけが体育館に響く。

「足高」
「はい」
「ブルマはな」
「はい」
「ワビサビなんだよ」
「ワビサビ…」

私がきょとんとしているのを見て前田さんは次にピポット練習を始めた。今度はキュッ キュッ キュッというシューズの音が響いた。

「ブルマでピポット…」

キュッ キュッ キュッ

「前田さん…」
「足高」
「ワビサビですね…」
「だろ?」
「はい」

キュッ キュッ キュッ





#040323

腐りゆく男が街を歩いていること自体今ではそう珍しくもないことであって、私は駅のホームで一つ間を空けて椅子に座った腐りゆく男を特に気にかけることもなく、さてこの電車を待つ五分間をどう過ごせば良いものであろうかといつものように頭を悩ませている。ふと腐りゆく男を見ると、彼は左目と右手の小指から腐り始めているようで、左目からは汚れた色の涙がとめどもなく垂れ流され、右手小指の肉はあらかた溶けてしまい骨が露出している。まあそんなことは私には関係の無いことだし、腐りゆく男達がここ最近この街でやけに増えてきてしまっていることも私にはどうしようもないことで、さて電車が来るまでの後二分の空白をどう埋めれば良いのかと考えるのである。





#040321

家に帰ると玄関の前にパンダが座ってた。
私はそれを見て、去年の春「パンダになる」と言って中国に渡ったクラスメイトの中村君を思い出した。パンダになるには厳しい修行が必要で、それから難しい試験を受けて合格できた人しかパンダになれないらしい。中国人でもかなり競争倍率が高くて狭き門なんだと先生からきいた覚えがある。
「中村?」
私が話しかけるとパンダはのっそり立ち上がってお腹をぽりぽり掻いた。
「中村、パンダになれたんだね。おめでとう」
パンダは私の言葉なんか聞こえていないといった感じで、それでもちらりと私の方を見て、それからのっそりのっそり歩いてどこかへ行ってしまった。
中村はパンダで、私は人間だ。それが悪いんだと思った。





#040320

今日街を歩くとお腹に12針分の傷を負った人ばかり見たので仕方なく家にいました。





#040319

若い男が隣に座った。公園で昼食中のスーツ姿の男の隣にパーカーを着た二十歳そこそこの男が座る確率といえば、それはもうパンをくわえながら学校への道をひた走る男子学生が曲がり角で同じ学校の制服を着た髪の青い美少女にぶち当たるくらいのものなのであるが、若い男は平然とした顔でそこに腰をかけ、小さな箱を開くのである。箱の中身はシュークリームであって、そこでまた私は考える。公園で昼食中のスーツ姿の男の隣にパーカーを着た二十歳そこそこの男が座り、しかもその男の持ち物がシュークリームである確率は一体どれほどのものだろうと。私が宇宙服を着もせずに宇宙船の修理をしに宇宙へ飛び出していく宇宙飛行士だとか縄にぶら下がりながら鼻歌を歌っている死刑囚のことだとかを考えている間に若い男は二つ入りのシュークリームの箱から一つを取り出してかぶりついていた。そうしてあっという間に一つを食べ終わった若い男はふと今初めてそこにスーツ姿の男が座っていることに気がついたかのように、それでも二つめのシュークリームを取る手は止めず、こう話しかけた。
「シュークリームってのはね、アシタカさん。難しいんですよ。シューが堅すぎても柔らかすぎても駄目。クリームが多すぎても少なすぎても駄目。そして出来たばっかりでも冷たくなっちゃっても駄目。シューはパリッと軽く、クリームはほどよい甘さでしかもシューの存在感を消さず、そしてここが一番ポイントなんですけどね、このあったかさがいいんですよ。ほら」
言い終わると若い男は私に手に持ったシュークリームを差し出した。私がそっと手を伸ばすと触るか触らないかのうちに若い男の手は自分の口へと吸い込まれるようにひゅっといなくなった。
「これね、駅前のニコルって店のやつ」
そう言いながら若い男は二つめのシュークリームもあっという間に平らげ、ほっとしあわせな溜息を漏らす。しあわせはピンク色の少しいびつな丸い固まりになってふわふわと中空を漂っていたがやがて上へ上へと上っていき、最後にぽんと音を立てて弾けた。
「しあわせだなぁ〜」
若い男はそれだけ言うと立ち上がり公園を出て行ったのだが、私は公園で昼食中のスーツ姿の男の隣にパーカーを着た二十歳そこそこの男が座り、その男の持ち物がシュークリームであり、さらにその男が私の名を知っていてしあわせなピンク色の溜息を漏らす確率について考えていた。









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